令和8年度税制改正大綱ー中小企業(法人)に関係する主な改正点の整理ー

令和8年度税制改正大綱では、
インボイス制度導入後の実務負担や物価上昇、人手不足といった現状を踏まえ、
中小企業の経営環境に配慮した見直しが複数盛り込まれています。

本稿では、その中でも 中小企業(法人)に特に関係が深い改正項目について、
改正内容だけでなく、その背景や適用時期も含めて整理します。


① 免税事業者からの課税仕入れに係る税額控除に関する経過措置の見直し

改正の概要

インボイス制度の導入に伴い設けられている、
免税事業者からの課税仕入れに係る税額控除の経過措置について、
最終的な適用期限を延長したうえで、控除割合を段階的に縮減していくこととされました。

背景

インボイス制度の影響を受けるのは、課税事業者だけでなく、
取引先に免税事業者を多く抱える中小企業や、
免税事業者自身を含む小規模な国内事業者です。

こうした事業者への配慮として、
更なる激変緩和措置を図る観点から
経過措置の見直しが行われています。

適用スケジュール

免税事業者からの課税仕入れに係る税額控除については、

  • 令和8年10月から:控除割合 7割
  • 令和10年10月から:控除割合 5割
  • 令和12年10月から:控除割合 3割

と段階的に縮減され、
令和13年9月30日をもって適用が終了する予定です。

今後、取引形態の見直しや価格交渉への影響も想定されるため、
中長期的な視点での対応が求められます。


② 中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例の見直し

改正の概要

中小企業者等が適用できる
少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例について、

  • 取得価額基準を
    現行の「30万円未満」から「40万円未満」へ引き上げ

る見直しが行われます。

適用対象の留意点

この特例の適用対象となる中小企業者等のうち、
常時使用する従業員数が400人を超える法人は対象外となります。

資本金要件だけでなく、
従業員数要件にも改めて注意が必要です。

背景

設備価格の上昇により、
30万円という基準では実態に合わないケースが増えていることを踏まえ、
中小企業の設備投資を後押しする観点から見直しが行われました。

適用開始時期

  • 令和8年4月1日以後に取得する資産から適用

③ 賃上げ促進税制(給与等の支給額が増加した場合の税額控除)

改正の概要

賃上げ促進税制については、
中小企業向け措置を中心に制度が整理されます。

あわせて、これまで設けられていた
教育訓練費を増加させた場合の税額控除の上乗せ措置については、全区分で廃止されます。

背景

教育訓練費の上乗せ措置については、

  • 教育訓練費の増加額よりも
  • 税額控除額の方が大きくなるケースがある

ことが、会計検査院から指摘されていました。

こうした指摘を踏まえ、
制度の実効性と公平性の観点から、
上乗せ措置が廃止されることとなっています。

賃上げそのものを評価する制度設計へ、
よりシンプルに整理された形といえるでしょう。


④ 食事を支給したときの非課税限度額の引き上げ

改正の概要

役員・従業員に対して食事を支給した場合の
所得税の非課税限度額が、月額7,500円に引き上げられます。

背景と実務への影響

物価高騰、とりわけ食料品価格の上昇を踏まえ、
現行の非課税限度額では実態に合わなくなっていることが見直しの背景です。

社員食堂を運営している企業や、
食事手当を支給している企業にとっては、
福利厚生の充実につながる改正といえます。

賃上げが難しい局面においても、
実質的な従業員支援策として活用が検討されるでしょう。

適用開始時期

  • 令和8年分以後の所得税から適用

⑤ 償却資産税の免税点の引き上げ

改正の概要

固定資産税(償却資産)について、

  • 家屋:免税点
    30万円 → 50万円
  • 償却資産:免税点
    150万円 → 180万円

へと引き上げられます。

背景

設備価格の上昇や、小規模事業者の設備保有実態を踏まえ、
税負担の軽減を図る目的での見直しです。

少額の設備を保有する事業者にとっては、
申告・納税負担の軽減につながる改正となります。

適用開始時期

  • 令和9年度分の固定資産税から適用

おわりに

令和8年度税制改正では、
インボイス制度導入後の負担緩和、
物価上昇への対応、
中小企業の賃上げや投資を後押しする施策が随所に盛り込まれています。

制度改正の背景を理解したうえで、
自社に影響のある改正を的確に把握し、実務に反映させることが重要です。

今後も、
中小企業の実務に直結する税制改正について、
順次解説していく予定です。

インフレ税とは何か― 個人事業主が「売上は同じなのに苦しい」と感じる理由 ―

最近、「インフレ税」という言葉を目にする機会が増えました。
法律上の税金ではありませんが、実務の現場にいると、この言葉が示す感覚に強くうなずかされる場面が多くなっています。

特に個人事業主の方から、

  • 売上はそれほど変わっていない
  • むしろ名目上は増えている場合もある
  • それにもかかわらず、なぜか手元が苦しい

という声を耳にすることが増えました。

本記事では、
インフレ税とは何か
なぜ個人事業主ほど影響を受けやすいのか
そして 最近の税制改正の動きと今後の見通しについて整理します。


インフレ税とは何か(法律用語ではありません)

インフレ税とは、
物価上昇(インフレ)によって、実質的な購買力が低下することを、
「税金になぞらえて」表現した言葉です。

例えば、

  • 預金残高は変わっていない
  • 収入も名目上は同じ、あるいは増えている

にもかかわらず、

  • 食料品
  • 光熱費
  • 家賃
  • 各種サービス料金

が上昇することで、生活や事業に使える実質的な価値は減少します。
このような「静かに進む負担増」を、インフレ税と呼びます。


個人事業主がインフレ税を強く実感しやすい理由

① コストはすぐに上がるが、売上単価は簡単に上げられない

多くの個人事業主に共通する構造として、

  • 仕入
  • 外注費
  • 家賃
  • 光熱費

といった事業コストは比較的早く上昇する一方で、

  • 売上単価の値上げ
  • 報酬改定

は、取引先や顧客との関係上、簡単には行えないケースが少なくありません。

その結果、

売上はほぼ変わらない
しかしコストだけが上昇し
利益率が低下する

という状態に陥りやすくなります。


② インフレと累進課税が同時に効く構造

インフレ下では、事業者によって置かれる状況が分かれます。

価格転嫁が難しい場合には、

  • 売上は横ばい
  • 事業コストが上昇
  • 利益率が低下

という形で、実質的な負担が増加します。

一方で、物価上昇に対応するため、

  • やむを得ず売上単価や報酬を引き上げ
  • 名目上の売上や所得が増加する

ケースもあります。

しかし、この場合でも、

  • 生活費や事業コストの上昇により
  • 実質的な余裕はほとんど変わらない

にもかかわらず、課税所得の増加により、より高い税率が適用される可能性があります。

この結果、

インフレによる実質的な負担増

所得税の累進課税による税負担増

という、二重の圧迫が生じます。

これが、
「頑張っているのに、なぜか楽にならない」
と感じる大きな要因です。


税制改正大綱に見える問題意識

先日公表された令和8年度税制改正大綱の「検討事項」には、

小規模企業等に係る税制のあり方について、
個人事業主の勤労性所得に対する課税のあり方にも配慮しつつ、
人的控除を含め、総合的に検討する

といった趣旨の記載があります。

これは、

  • 個人事業主の所得が
    単なる事業リスクの対価ではなく
  • 勤労によって得られる所得という側面

についても、制度上再評価する必要がある、
という問題意識が示されたものと考えられます。

もっとも、現時点ではあくまで「検討事項」であり、
直ちに税負担が軽減される制度改正が行われると断定できる状況ではありません。


個人事業主が今、意識しておくべきこと

インフレと税制の構造がすぐに変わらない以上、
現実的には、次のような点を意識する必要があります。

  • 名目売上ではなく「実質的な手取り」で状況を把握する
  • 利益率の低下を放置しない
  • 税引後キャッシュフローを基準に判断する
  • 値上げや報酬改定を「悪いこと」と捉えすぎない

インフレ下では、
「何もしないこと」自体がリスクになる局面に入っています。


おわりに

インフレ税は、
目に見える形で請求書が届くものではありません。

しかし、
気づかないうちに、
毎年少しずつ、
確実に負担を増やしていきます。

制度を正しく理解したうえで、
ご自身の事業にどのような影響が生じているのかを把握し、
早めに対策を検討することが重要です。

令和8年度税制改正でNISAはどう変わる?子ども向け資産形成を見据えた拡充内容を解説

先日、令和8年度税制改正大綱が発表されました。
子育て世代として個人的に特に注目しているのが、NISAの拡充です。

NISA(少額投資非課税制度)は、
投資によって得られた利益に税金がかからない制度として、
これまでも国民の資産形成を後押ししてきました。

今回の税制改正では、
従来の「大人の資産形成」を主眼とした制度から一歩進み、
子どもの将来を見据えた長期的な資産形成までを、制度として明確に位置づけた点が、大きな特徴だと感じています。

本記事では、
改正前と改正後を比較しながら、NISA制度がどのように変わるのかを、
できるだけ分かりやすく整理します。


NISAとはどのような制度か

NISAとは、通常であれば約20%の税金がかかる

  • 株式や投資信託の値上がり益
  • 配当金や分配金

といった投資による利益が非課税となる制度です。

長期・積立・分散投資を促すことで、
国民一人ひとりが将来に備えた資産形成を行えるよう設計されています。


【改正前】これまでのNISAと子ども向け制度の位置づけ

令和7年度までのNISA制度は、

  • 対象年齢は原則18歳以上
  • 主に老後資金など、大人自身の将来に向けた資産形成を想定

という構成でした。

一方で、子ども向けの制度としては、
2016年に「ジュニアNISA」が創設されましたが、
2023年をもって制度として廃止されています。

その結果、
改正前のNISA制度全体としては、
子どもの将来資金を目的とした恒久的な仕組みが存在しない状態となっていました。


【改正後】令和8年度税制改正によるNISAの主な変更点

① つみたて投資枠の対象年齢を0歳まで拡充

今回の改正により、
2027年(令和9年)から、つみたて投資枠の対象年齢が0歳まで引き下げられます。

これにより、

  • 0歳からNISA口座を開設し
  • 親が管理する形で
  • 長期間にわたり積立投資を行う

ことが可能となります。

ジュニアNISA廃止後に空白となっていた「子どものための資産形成制度」が、
新たな形で制度化されたといえます。

なお、いわゆる「こどもNISA」については、以下のような上限が設けられます。

  • 年間投資枠:60万円
  • 非課税保有限度額:600万円

これは、
資産の過度な集中や格差の固定化を防ぐ観点からの措置と考えられます。

また、積み立てた資産は、
子どもが12歳以上になり、本人の同意を得なければ引き出すことができない
という制限も設けられます。

従来のジュニアNISAでは、
原則として子どもが18歳になるまで払い出しができず、
使い勝手の面で課題が指摘されていましたが、
今回の改正では、年齢に応じて柔軟性を持たせた制度設計となっています。


② 投資対象の拡充(国内投資の後押し)

改正後は、

  • 国内株式を対象とした一定の株価指数
  • 地域を限定した株式指数
  • 債券の比率が高い投資信託

などが、つみたて投資枠の対象として追加されます。

個人の資産形成を支援すると同時に、
国内経済への資金循環を促す政策的な意図も読み取れます。


改正前後の比較まとめ

項目改正前改正後
対象年齢原則18歳以上0歳以上
子ども向け制度ジュニアNISA(2023年廃止)「こどもNISA」として恒久的に位置づけ
想定される目的大人の資産形成中心子どもの将来資金も想定
投資対象一定の制限あり国内投資・債券等が拡充

子育て世代の立場から感じること

今回のNISA拡充は、

  • 「教育資金は貯金で準備するもの」
  • 「投資は大人になってから考えるもの」

といった従来の考え方から、
時間を活かした長期的な資産形成へと発想を広げる改正だと感じます。

もちろん、
投資には価格変動リスクがあり、
すべての家庭にとって必須の制度ではありません。

しかし、
制度を正しく理解した上で
「使う・使わない」を選択できる環境が整ったこと自体に、
大きな意義があると考えています。


おわりに

税制改正は専門的で分かりにくい印象を持たれがちですが、
NISAのように日常生活や子育て、将来設計に直結する改正も少なくありません。

今後も、
子育て世代・生活者の視点から、
税制改正のポイントを分かりやすく整理していきたいと思います。

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